大判例

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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)351号 判決 1981年9月22日

控訴人

大西産業株式会社

右代表者

大西清太

右訴訟代理人

土井平一

山本美比古

被控訴人

相沢良子

右訴訟代理人

竹田実

塩川吉孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和四七年三月一六日被控訴人との間において、被控訴人から本件建物を店舗として使用の目的で、賃料一か月三万五〇〇〇円、敷金八〇万円の約定のもとに賃借する旨の契約を締結し、同日被控訴人に対し敷金八〇万円を交付したことは当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、(1)本件建物はもと訴外亡墓越浅吉の所有であり、同訴外人は昭和四六年一二月三〇日死亡し、訴外墓越貞男ら五名が同日共同相続により本件建物の所有権を取得したこと、(2)神戸地方裁判所は亡浅吉を原告、被控訴人を訴訟引受参加人とする同庁昭和四三年(ワ)第七八四号所有権移転登記請求事件について昭和四七年六月一三日、本件建物が亡浅吉の所有であることを確認し、被控訴人に対し、本件建物について持分移転登記手続を命ずる旨の判決を言渡し、請求原因(3)(二)記載のとおり、右訴訟はその後控訴審(同審で貞男ら五名が亡浅吉の訴訟承継人となる)、上告審を経て昭和五一年三月二三日右判決が確定したこと、(3)ついで貞男ら五名が昭和五一年三月ごろ神戸簡易裁判所に対し控訴人を被告として本件建物の明渡しおよび昭和四八年五月一日から明渡済みまで一か月三万五〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める訴訟を提起し、その訴訟は同庁昭和五一年(ハ)第八八九号事件として係属し、同裁判所は昭和五二年一一月一日墓越貞男ら五名の右請求を全部認容する旨の判決を言渡したこと、(4)控訴人は右判決に控訴し、右訴訟は神戸地方裁判所に同庁昭和五二年(レ)第一二二号事件として係属中、昭和五三年四月六日右当事者間で、控訴人は貞男ら五名に対し本件建物を昭和五三年四月一八日限り明渡し、かつ前記損害金中一七〇万円を支払う旨等を内容とする裁判上の和解が成立し、控訴人は、同年四月一八日貞男ら五名に対し本件建物を明渡したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、被控訴人は本件建物について所有権を有しなかつたものであることが明らかである。

三しかし、債権契約である賃貸借は、賃貸人が目的物件について所有権を有しない場合でも有効に成立するものであり、その後目的物件の所有者からの明渡請求により目的物件を使用させる債務が履行不能として確定するまでの間において、賃借人に債務不履行があつた場合には、賃貸人はそれを理由に賃借人に対し右賃貸借契約を解除することのできるものと解すべきである。

そこで、被控訴人の抗弁2について判断する。

<証拠>を総合すると、控訴人は、被控訴人から前記のとおり本件建物を賃借後、暫く経つたのち、訴外石井知子に対し、これを賃料一か月三万五〇〇〇円の約定で転貸し、右石井知子は以後本件建物の一部を洋装店舗に模様替えし、ブティックあいという名称で従業員を使つて洋裁店を経営し、ほかにも本件建物の表側に「石井一連絡所」と書いた看板を立てるなどして本件建物を使用していたことが認められ、これに反する証拠はない。

控訴人は、右転貸につき被控訴人の承諾を得ていたと、主張するけれども、右主張に沿う控訴人代表者本人の供述部分は、証人相沢正国の証言と対比してたやすく措信できず、ほかに右主張事実を確認するに足る証拠はない。

控訴人の右転貸は、特段の事情のない限り被控訴人に対する背信行為というべきところ、本件全証拠によるも右背信性を阻却すべき特段の事情を認定することはできない。

そして、<証拠>を総合すると、控訴人と被控訴人との間の別件神戸簡易裁判所昭和四九年(ハ)第四八七号家屋明渡請求事件における昭和四九年一二月一六日の口頭弁論期日において、被控訴人は控訴人に対し、上記無断転貸を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。

そうすると、被控訴人と控訴人との間の本件賃貸借契約は、昭和四九年一二月一六日限り、被控訴人の右契約解除の意思表示によつて解除されたものというべきである。

以上によると、控訴人の本件建物賃借権がその後の昭和五三年四月一八日被控訴人の賃貸人としての本件建物を使用収益させる債務の不履行(履行不能)により消滅したことを前提とする、控訴人の損害賠償請求(権利金一三〇万円の損害および、本件建物賃借権時価一五三四万円の喪失損害)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない(なお、控訴人は本件賃貸借契約締結の際松本正子に対し権利金一三〇万円を支払つたと主張するけれども、右主張に沿う控訴人代表者本人の供述部分はたやすく措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。そればかりではなく、かりに右主張のとおりであつたとしても、被控訴人は本件建物の賃貸借に関し、前記松本正子あるいは控訴人から如何なる形態の権利金をも受取つていないことが<証拠>によつて明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、右権利金の損害賠償義務のないことは勿論、本件賃貸借終了時に右権利金を返還する義務のないものである)。

四つぎに控訴人の敷金返還請求について判断する。

(1)  控訴人が本件賃貸借契約を締結した際被控訴人に対し敷金八〇万円を交付したことは前記のとおりであり、一方、控訴人が昭和四七年五月一六日から墓越貞男ら五名に本件建物を明渡した昭和五三年四月一八日までの間、被控訴人に対し約定賃料一か月三万五〇〇〇円ないし右賃料相当額の損害金の支払をしていなかつたことは、控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。

(2)  控訴人は、亡墓越浅吉が昭和四三年一〇月一五日被控訴人に対し本件建物につき処分禁止の仮処分を執行しているから控訴人において被控訴人に本件建物の賃料を支払う義務がない旨主張するが、右主張が理由のないことは原判決理由説示(原判決一一枚目表一一行目から一二枚目表七行目まで)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(3)  次に控訴人は、本件賃貸借の場合、控訴人に賃料支払拒絶権があり、かつ真の所有者から賃料相当の損害金の請求をされているものであるから、被控訴人に対し前記未払賃料を一切支払う義務がなく、敷金八〇万円は全額返還さるべきであると主張する。

なるほど、所有権を有しない者から不動産を賃借した者は、その不動産につき所有権等の権利を有する者から右権利を主張され不動産の明渡を求められた場合には、不動産を使用収益する権原を主張することができなくなるおそれが生じたものとして、民法五五九条で準用する同法五七六条により、右明渡請求を受けた以後は、賃貸人に対する賃料の支払を拒絶することができると解すのが相当である(最高裁判所昭和五〇年四月二五日第二小法廷判決、民集二九巻四号五五六頁)。そして、<証拠>によれば、亡墓越浅吉は、昭和四三年一〇月一五日被控訴人を債務者とする神戸地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一〇〇二号不動産仮処分事件について「債務者は本件建物について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」とのいわゆる処分禁止の仮処分を得て、そのころこれを執行し、その際執行官の掲示した公示板は、本件賃貸借契約の締結された昭和四七年三月一六日以後においても本件建物の内部に掲示されていたこと、さらに亡浅吉の相続人である墓越貞男は昭和四七年五月四日ごろ控訴人を債務者とする神戸簡易裁判所昭和四七年(ト)第七六号不動産仮処分事件について「本件建物に対する債務者の占有を解いて執行官にその保管を命ずる。執行官はその現状を変更しないことを条件として、債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合において執行官はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者はこの占有を移転し、又は占有名義を変更してはならない。」旨のいわゆる占有移転禁止の仮処分を得て、そのころこれを執行し、その際執行官は処分の内容を記載した公示板を前記仮処分と同様、本件建物の内部に掲示していたことが認められ、その事実に控訴人代表者本人尋問の結果を総合すると、控訴人は、遅くとも昭和四七年五月一六日ごろ墓越貞男らにおいて、自己が本件建物の所有者であり、被控訴人には賃貸権限のない旨主張し、控訴人に対しても明渡しを求める意思があることを覚知していたものと認められ、右事実によれば、控訴人は昭和四七年五月一六日以後被控訴人に対する賃料の支払を拒絶することができたものといわなければならない。

判旨(4) しかしながら、賃借人の前記賃料支払拒絶権は、賃借人が将来不動産所有者から不当利得返還請求、不法行為に基づく損害賠償請求をされたために蒙るべき損害を未然に防ぐことができるよう衡平の観念から認められた暫定定な措置であり、賃借人が不動産所有者から右権利を主張されたからといつて、直ちに賃貸人に対する賃料支払義務が絶対的に消滅するものではない。

したがつて、賃借人の右賃料支払拒絶権が継続している間における目的物の使用収益については、賃貸人から賃借人に対する賃料債権ないし賃料相当額の損害賠償債権(賃貸借契約が賃貸人の解除権行使によつて終了した場合)と、所有者から賃借人に対する不当利得返還請求権ないし賃料相当額の損害賠償請求権とが併存しているものであり、そして賃貸人に賃貸権限がなく、当該不動産を所有者に明渡すべきことが判決等によつて確定した場合、賃借人において右所有者に対する前記各請求権の義務を履行することにより、遡つてこれに対応する期間の賃貸人に対する賃料債務ないし賃料相当額の損害賠償義務が消滅し、なお、残余の債務があるときは、所有者に対する債務の内容が確定した時点で賃貸人にこれを支払うべき義務のあるものと解するのが相当である。けだし、賃借人が現実に当該不動産を使用収益しているにかかわらず、所有者から不当利得返還請求、損害賠償請求を受けていない分についてまで賃貸人に対する賃料債権ないし賃料相当額の損害賠償債権の支払を絶対的に免れるとすることは、法的根拠がないばかりではなく、かえつて当事者間の衡平の原則に反するものと考えられるからである。

(5)  これを本件についてみると、<証拠>によれば、前記のとおり、控訴人と訴外墓越貞男ら五名とは昭和五三年四月六日神戸地方裁判所において、控訴人は貞男ら五名に対し同月一八日限り本件建物を明渡し、かつ同人らの請求にかかる昭和四八年五月一日から昭和五三年四月一八日までの賃料相当額の損害金のうち一七〇万円を支払うこと、貞男ら五名はその余の請求を放棄する旨の裁判上の和解をしたことが認められ、なお、右認定事実に証人墓越有紀子の証言および弁論の全趣旨を総合すれば、貞男ら五名は控訴人に対し本件建物の不法占有による損害金債務のうち前記請求以外の部分については、将来請求する意思のないことが窺われ、これに反する証拠はない。

そうすると、控訴人は、被控訴人に対する昭和四七年五月一六日以降の前記未払賃料および契約解除後の賃料相当額の損害金のうち、昭和四八年五月一日から昭和五三年四月一八日までの分については、墓越貞男ら五名に対する賃料相当額の支払又はその請求放棄の裁判上の和解成立により消滅したというべきであるが、その残余の分、すなわち昭和四七年五月一六日から昭和四八年四月三〇日までの一か月三万五〇〇〇円の割合による約定賃料合計四〇万三〇六五円については、本件賃貸借が既に終了している以上控訴人は被控訴人に対しこれを支払うべき義務があつたものというべきである。

(6)  そうすると、控訴人が被控訴人に対して有する本件敷金債権は、被控訴人が前記債権を自働債権として昭和五四年二月二三日の原審口頭弁論期日でなした相殺の意思表示により、対当額で消滅したこととなる。

(7)  以上に述べたところによれば、被控訴人は控訴人に対し、昭和五三年四月一八日限り前記敷金八〇万円から相殺によつて消滅した四〇万三〇六五円を控除した残額三九万六九三五円を返還する義務のあることが明らかである。

五そうしてみると、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し前記敷金残額三九万六九三五円およびこれに対する弁済期後である昭和五三年五月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、それを越える部分は失当として棄却を免れない。<以下、省略>

(奥村正策 広岡保 井関正裕)

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